中央はだめでも地方は元気だった

基本政策転換と私たちの課題ー
 

  地方は基本路線支持
 社会党はいくつもの歴史的な大会を経てきたが、今回ほど注目された大会もない。党是ともいうべき基本政策の大転換、今後の進路を巡る論議は党内外の注目を浴び、大会場は代議員、傍聴者、マスコミ関係者に加え、村山首相や閣僚を警護するSPも多く、通路まで塞がり移動もままならない状態だった。
 朝九時前から兵庫、京都、奈良の近畿勢や地元東京の仲間と一緒に基本政策転換反対のビラを配り、代議員への要請行動を続けた。論議が始まったのは昼から、傍聴券を手に入れて聞き入った。
 「連立政権と党固有の政策は違って当然」と基本政策の堅持を求める代議員に「村山首相を是とするなら自衛隊違憲は主張できない」と居直る久保書記長。
これまでの玉虫色決着ではなく、異例の投票に。修正案は二二二票の反対で否決されたものの一五二票を獲得、@代議員権を持つ国会議員の大半が村山政権支持、A電通や全逓、都市交などの組織票、B代議員を右派が独占しているような大阪、京都、兵庫に加え、従来は左派の北海道が揺れ動く状況、C村山政権への批判がタブーに近い党内事情を考えれば、地方は票数以上に基本政策堅持派が優勢というこどではないだろうか。


  
党周辺の動き
 さて大会前後の動きを挙げてみよう。@自社政権反対の議員も含め党内右派が新民主連合を結成、A兵庫では連合を媒介として新生、公明、民社、日新が選挙協力で合意、B近畿でも連合が音頭をとって社会、民社、公明、日新が組んで政治団体を作り、この団体が来年の統一地方選、参院選、更には衆院選での候補者の公認、推薦をする動きがある。大阪や神戸など各党の力量が拮抗する中で闘われる小選挙区では、旧連立の枠組みの方がはるかに有利である。近畿の党候補者は自民よりは旧連立と組むものと思われる、C参院の護憲リベラルが新党結成に、D広島県本部は大会後も政策転換に反対で意志統一、E全国
護憲ネットの動きとは別に党内外の議員や党員、活動家が護憲を鮮明にしたネットワークを結成、F反戦・反核・反基地団体、脱原発グループ、「日の丸」「君が代」反対だけにとどまらない市民運動団体の党への失望と離反、G財界が路線転換をこぞって評価、H読売は「自民党は社会党に甘すぎる、今までの社会党の方針が問違っていたことをはっきりさせるべきだ」と主張、更に大転換は本物かと追い討ちをかけている。権力に一旦迎合すれば絶えずその証を求められることになる。


  
党内の希望的観測
 村山首相は誠実な人柄、「人にやさしい政治」で支持率は上がり、長期政権も夢ではない。そうなれば政権担当能力も身に付き社会党らしさも発揮できる。また危険な一.一ラインの芽もつぶせる。もうスローガンだけでは政治はやれない、現実路線だ。何せ党の委員長が首相だ、やっと社会党は政権党になれた。これを批判するのはとんでもない……と考える向きもある。しかし、これは党内の手前勝手な願望であって、市民はそう受けとめていない。


  
社会党らしさはない
 戦後五十周年を前にして、社会党の委員長が首相なのになぜ国家補償を掲げた被爆者援護法を提出できないのか、従軍慰安婦への個人補償も彼方に追いやられた。消費税も増減一体処理で五%に引き上げられそうである。常任理事国入り(「軍事的役割は義務から外し憲法の枠内で」の論議は為にするものであって、結局は状況追認の解釈改憲と同じことになる)も日程に上っている。ルワンダでの自衛隊のPKO活動を決定、PKF解除も微妙な情勢にある。

 軍事費は世界で第二位、最新鋭の武器で装備している現在の自衛隊を合憲と認めたら、軍縮の理屈は出てきようがないではないか。次は合憲なんだから、有事立法だ、徴兵制だという論議も出てくるだろう。軍隊が堂々とのさばる社会になる。.合憲の同じ土壌でこそ軍縮ができるというのは幻想でしかない。軍事力による平和など矛盾そのものではないか。PKOの成功例と報道されたカンボジアは今もって混迷の中にある。

 

  原理と理念なき政党
 時代にあわせていかようにでも変わるのは原理ではないと小田実は言う。社会党は平和主義と民主主義の原理をかなぐり捨て、基本政策を一八O度転換することによって党の存在意義は希薄なものとなった。加えて大会議案の文言からはイデオロギーに対する反感が随所に存在し、階級社会であることを直視していない。党中央の意識には社会主義どころか、今後めざすという社民リベラルの理念や気概も危ういのではないだろうか。

 「日の丸」「君が代」にしても世間が認めているからという。「世間が認めている」ことを党の基本政策にするとなれば、政党の活動など不要ではないか。社会党から大衆運動が消え、現状追認が党の方針になるのなら社会変革は反党行為になりかねない。残るのは選挙だけの社会党、議員のための社会党である。


  
状況は最終段階
 党の執行部がどのような政策を掲げようと、またその政策転換をいくら合理化しようとも、もはや支持者や有権者には何の説得力もなく聞く耳すら持ち合わせていないのではないかと思ってしまう。

 ただでさえ民主主義の基盤が弱く、根強い政治家(屋)不信があるのに、,権力を巡っての永田町騒動では浅ましい各党の本質が露呈し、社会党の「理念より権力」も明らかになった。土井社会党の後、社会党の体制内化が進んだが、それでもまだ護憲の理念があった。それが今回消えてしまったのだ。

 さて社会党は護憲に変わる党の存在意義とイメージを創り出せるだろうか。私には何もできない(しない?)ままに、荒波に党は消えていくように思える。すでに共産を除く野党は今月末には統一会派を結成、遅くとも十一月には新党を結成する。臨時国会では区割り法案が成立、候補者調整も大詰めに近づく。

 社会党の地方組織で党と自民党、さきがけの選挙協力が順調に進むと見る向きは少なく、不利と見れば旧連立にいく候補者も出てくるだろう。どっちが有利かだけで判断する候補者、それを認める党中央。そこに理念や政策へのこだわりはない。もう末期症状である。,政党助成で政党の腐敗は進む。永田町から地方の議員にもそれは及ぶだろう。

 参院会派の護憲リベラルがいよいよ新党に動く。兵庫の護憲社会党、広島県本初め四〇%を占めた修正案支持の地方の動き、護憲ネットの動きを見ながら、足下を固めていきたい。少なくともあと一年で大勢が決定することは間違いない。残された時問は少ない。

 

社会通信 583号 1994/10/1