茨木市議会議員 山下けいきHP]

 

 

公立保育所のあり方を考える懇談会に関する意見

 

 これは5月17日、市長や懇談会会長などに提出したものです。

 

 意見書(案)には「公立保育所を存続させるならば、『民ができることは民にまかせる』ことを原則とし、公立保育所が担うべき役割の範囲を特化・限定し、高コストに見合った公立保育所に相応しい役割を明らかにする必要がある」として、@公立保育所は「私立保育所では対応することに限界がある虐待児童やDVなどリスクのある在宅家庭の子どもに対して、保健士などと連携しながら定期的に訪問し支援に取組む」、A「公立保育所は、障害児保育の実績を継承しつつ、ノーマライゼーションの立場から、すべてのこども達の発達を支援するセンターとして位置づけ、私立保育所では対応困難な障害をもつ児童を受け入れる」、B「発達障害の子どもなどを含め、在宅家庭における障害をもった子ども達に対しても積極的に対応していく」と述べています。

 

 一言で言えば、(歴代保守政権がつくった財政赤字の責任を地方自治体に押し付けてくるために)、市としては保育行政に今までのように金はかけられない。だから特に根拠もないし、説明もうまくできないが、今、流行の「民ができることは民に」で暗示にかけて民営化する以外ない。そこで「私立」に過剰な肩入れをする一方で、「公立」にはどうしても残したいのなら、しんどいところ、金のかかるところでもやったらいいと突き放した意見書のように思えます。また「公立保育所を存続させるならば」の言葉には「本来なら公立保育所はいらない」との考えも伺えます。

 

<1>、『民ができることは民にまかせる』ために、保育所の機能、役割をわざわざ公私で分けるのは根拠が極めて薄弱ではないでしょうか。

 

 @なぜ「民ができることは民にまかせる」が原則なのでしょうか。「民なら何でも任せられる」のでしょうか。NTTは、そして国鉄は民営化でうまくいったのでしょうか。「民営化」で利益を得る人は別にして、庶民にとって「民営化」は「ろくなもんじゃない」の印象しかありません。なんの検証もなく、時流におもねる安直さが気になります。「民ができることは民にまかせる」ことを原則にされている根拠とは何でしょうか。

 

 Aそもそも保護者、児童には保育所の機能、役割をわざわざ公私で分けなければならない理由はありません。公私に関係なくいずれも必要な通常保育、特別保育を果たせるようにしてほしいというのが保護者の願いではないでしょうか。そのための財政はよそのムダを削っても確保すべきだと私は思います。財政以外に保育所の機能、役割をわざわざ公私で分ける理由があるのでしょうか。

 

<2>、意見書の「ノーマライゼーション」は本当にノーマライゼーションなのでしょうか

 

 @意見書には「私立保育所では対応困難な障害をもつ児童」とあります。なぜ私立保育所では困難になり、公立は困難ではなくなるのでしょうか。明らかにして下さい。また「対応困難な障害をもつ児童」とは手帳を有する児童が対象なのか、手帳を有しないが発達等の障害を持っている児童も含んでいるのでしょうか。お示し下さい。更に対応困難でなくなるための条件整備については、なんら触れられていませんが、なぜなのでしょうか。

 

 A「障害児」「虐待児童」「リスクのある児童」は全て公立保育所に押し付けるように受け取れます。障害児は「近くに私立保育所があっても遠くの公立に行け」というのでしょうか。「ノーマライゼーション」というのなら、私立でも「障害児保育」をやるのが当然ではないでしょうか。もちろんそのために必要な財政措置は行政の責任ですが・・・。だからこそ、私立でも昨年度から(手帳のある児童は、2004年4月時点で1名にすぎませんが)「障害児保育」をやるようになったのではないでしょうか。それなのに、なぜこれを後退させるのか、分かりません。

 

 B「地域子育て支援、障害児保育、児童虐待予防の役割を私立保育所も同様に担うべきものとなっている」との認識を示しながら、一方では「障害児」「虐待児童」「リスクのある児童」は「公立へ」では論理矛盾ではないでしょうか。ことばこそ「ノーマライゼーション」ですが、正しく理解していないのではないかと疑ってしまいます。

 

<3>、「民営化ありき」が大前提。だから公立に冷たく、私立に甘い。詳細な検討もしない拙速な意見書では説得力に欠けるのではないのですか。

 

 意見書は「機能と役割」として公私間に大きな格差は現在存在しない、むしろ私立保育所のほうが総じて・・・地域の多様な保育ニーズに柔軟に応えている取組が進んでいる。公立が取組んできた地域子育て支援、障害児保育、児童虐待予防の役割を私立保育所も同様に担うべきものとなっている」と述べ、「公立保育所を設置するべき意義が希薄化している」との認識をしめし、「公立」と「私立」を対比させた上で「私立」への誘導を隠していません。

しかし、肝心な公私の保育内容に関する詳細で客観的な資料は提出されないまま、具体的な検討もされていません。何よりも大切な現場の意見に耳を傾けているわけでもありません。民営化して問題が起きている保育所の関係者に話を聞こうという提案も軽く扱われています。

日頃は「私立の特色のある運営」を売り物にし、公立は「一律」だと軽んじながら、いざ委員から、私立保育所の運営について質問や資料請求が出ると、今度は「それぞれ特色のある運営をしている」からと「平均」でしか議論しないのはどうかと思います。

懇談会の進め方も委員の声にも耳を傾けているようには思えません。会長はじっくりと委員の合意形成に努力しようというのではなく、短期間の懇談会で民営化のレールを敷きたいとの意向がありありです。これでは意見書(案)が懇談会の総意にならないのも当然です。

 

<4>、民営化の問題点について

 

 @民間保育所の選択権は保障されているのか

公的懇談会でも民間保育所の経営等の資料は出てこないのですから、一市民がこれを目にすることはおそらくないでしょう。また保育内容も公立よりは知らされていません。公立は一律かもしれませんが安心して預けられるのに対して、民間保育所の運営は個々によって千差万別であり、格差も大きいのです。民間の個々の資料が公開されて、初めて、公立と民間、また民間同士を比較しての選択権が保障されることになります。もし保護者の選択権を保障するというのなら、全ての民間保育所の保育内容に関する資料を示すべきです。

 

 A民間保育所の情報は入手困難

公立であれば、施設整備、運営など保育条件に関する情報を当然に請求することができ、たとえ非公開になっても、その行政処分の是非を争うことができます。しかし民間になれば、そのような権利はなく、経営者に不都合な情報を入手する手段もなく、情報入手はきわめて困難と思われます。

 

 B民間保育所への入所に関して

公立保育所が少なくなればほとんどが、また無くなれば全員が民間への入所になります。公立が入所を拒否するケースは基本的にありえなくなりましたが、もしあったとしても、その行政処分について争うことができます。

しかし民間の場合、単に契約が成立しなかったに過ぎず、その妥当性を争うことはほとんどできません。需要と供給で契約が決まることになります。入所希望者が多い場合、民間は都合のいい契約はしても、そうでなければ契約しません。誰と契約するかは経営者の判断しだいとなり、保護者の立場は弱くなると思いますがいかがでしょうか。

 

 C民間保育所へのチェック機能

公立であれば、行政や議会のチェック機能も効きます。しかし民間はそうもいきません。行政や議会のチェックも最小限となり、全ては民間保育所と保護者の関係で決まることになります。少子化時代における保育行政の位置づけ、また公共性からしても問題ではないでしょうか。

 

 <5>、最後に

 傍聴された方の話や会議録によれば、会長、副会長は第一回の懇談会でその任につきながら、次のように遅刻、早退、欠席がめだちます。

会 長 遅刻(第2回懇談会、第4回懇談会)

副会長 途中退席(第3回懇談会)、欠席予定(第5回懇談会)

確かにそれぞれの理由はあるでしょうが、茨木市の「公立保育所のあり方に関する」重要な懇談会の会長、副会長です。これでは自覚、責任感に欠けているように思え、たいへん残念です。

 また細かいことですが、年号については西暦を併記したり、しなかったりと一貫性がありません。併記するのであれば、一貫して併記すべきです。このままでは内容、形式とも雑な意見書(案)と思われ、これを基にして検討される市長も困るのではないかと思います。

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